The Life of Phil Ochs 第四回メモ
63年の夏は、Folk sceneにとっては特別なPeakを迎えた時であったと言ってよいと思う。PP&Mが歌った"Blowin' in the wind"が大ヒットし、作者であるDylanが脚光を浴びることになる。彼の名前を知っていても発音できないくらい、人々にとっては突然の登場であったようだ。
63年7月のNewport Fold FestivalでのDylanは熱狂で聴衆に迎えられた。"Blowing' in the Wind", "Master of War","A Hard Rain's A-Gonna Fall"と歌ったDylanが、初日の最後のステージで、PP&M, Jone Baez, Peter Seeger硬く腕をくんで、"We shall overcome"を歌っ
た時、それは、Folkが最も輝いた瞬間だったのでしょう。PhilはこのDylanの成功を誰よりも喜んだとのことです。Dylanの成功によってFolkが、そしてtopical songが人々に信じられないくらいに浸透していったからです。そして、この頃、PhilとDylanはとても仲が良かったとのこと。
この63年の時が、Philの初出演でした。Dylanほどの熱狂的歓迎はなかったものの、topicalな話題をユーモアを交えて歌い、時にはProtestするような南部の歌である "Talkin'Birmingham Jam"と、 Woddy Guthrieを歌った"Power of Glory", "I Ain't Marchin
Anymore", そして、黒人地位向上に身を捧げたが、暗殺されてしまったMedgar Eversを歌った、"Ballad of Medgar Evers". "Phil Ochs Live at Newport"というCDに収録されています。
FolkがMediaで持てはやされ始めました。DylanがEd Sullivan Showに出演しました。メジャーとなったのです。"Talkin' John Birch Society Blues"という共産主義者やヒットラーを皮肉った過激な歌を歌おうとしたくらいでした(実際にはうたわず)。
ただ、二年後の65年のNewport Fold FestivalでDylanはエレキギターで"Like a Rolling Stone"を歌うわけですから、個人的な感想としてですが、やはり彼の変わり身は速い。Philは違ってます。topical songをこれからも、ずっと引きずっていきます。
もう一つ、触れなければならないこと。Philはこの63年の出演時の前から、ひどい頭痛に、文字通り涙がでそうなくらいにひどいものに悩まされることとなります。コンサート出演前になると必ず発病しました。そして、これは彼が亡くなるまで続くこととなります。
本格的なプロとして活動するためのマネージャー探しもPhilは始めます。
そんな、63年の秋にあのケネディ大統領が暗殺されます。
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コメント
非常に参考になりました
投稿: | 2009年2月15日 (日) 02時27分