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2015年7月20日 (月)

愛を積むひと

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私は、この類の映画に弱い。泣ける映画だからです。特に、この映画の主人公と自身の年齢が近いためか、この映画の内容が異常なくらい身近に感じてしまい涙腺が、涙腺が、思わず・・・となってしまう映画です。

東京の下町の工場を売り払って北海道へ移り住んできた主人公夫婦(佐藤浩市、樋口可南子)。工場を経営していたとき、夫(小林篤史)は機械を動かし製品を作ることばかり、実際の経営の苦労は妻(良子)が担っていた。経営がうまくいかず、積もる借金。結局は、工場をたたみ、借金を返し、北海道の旭川に移り住んできた。夫は妻に苦労ばかりかけたと申し訳なく思っている。

もともと心臓が悪かった良子が亡くなってしまう。移って一年も経たないうちに。旭川の家の石垣作りを手伝ってくれていた若者とその彼女。妻と彼女がキノコ狩りに行ったときに妻は倒れ亡くなってしまう。妻は自身の死期を予感していたのか、その彼女に夫、篤史への手紙を託していた。死後それを読み涙が止まらない。これが第一の手紙。

実は石垣作りを手伝ってくれていた若者が仲間に唆され主人公夫婦の家に盗みに入る。その時盗まれた真珠のネックレスがあった。夫と妻にとって、とても思い出深いもの。ある日犯人が捕まり、ネックレスが戻ってくる。そして、若者が犯人であることもわかる。複雑な思いでネックレスをしまっておいた場所をみると第二の手紙。妻が帰宅したときに盗んだ連中がまだ、家にいた。彼らに妻は出くわし倒れてしまい、病院に運ばれた。その時、妻は犯人の顔を見ていたという。手紙のなかで、石垣を完成させてほしいという良子の願いを実行にうつす篤史。犯罪を犯し、誰からも相手にされず、仕事も首になってしまった若者。夫は、石垣に使う歪な形の石を眺めながら、若者に言う。「こんな形の悪いものも、この頑丈な石垣を作る時にちゃんとその場所があるんだよな。」 若者は涙を流し、できてしまった赤ちゃんのことで彼女の親元へ行く。牧場を経営してしている彼女の両親。篤史も共に行ってあげる。最初は彼女の父親に殴打され、突き放される若者。そのうち、この父親もこの若者が牧場に修行に行き一人前になったら二人をいっしょにさせると約束する。

石塀作りに取り掛かる篤史。

奥さんのある人を好きになり、その奥さんを自殺未遂にまで追いやってしまった娘のことを許せていない篤史。でも、ある日、その娘が懐かしくなり篤史は昔のアルバムを見る。そしてそのアルバムから第三の手紙が出てくる。「あなたは昔から娘の聡子のことが大好きだったわよね。」と語る良子。東京へ行く篤史。良子の形見のネックレスをもって聡子に会いに行く。突然の訪問に驚く聡子。聡子は子供のいる男性と同棲していた。ネックレス渡せず北海道へ戻る篤史。

昔、夫婦は大雪山に登ったことがあった。この山が好きだからこの旭川に移ってきた。妻の遺影を持って登山する篤史。だが、不運にも遭難してしまう。東京から駆けつける聡子。二日間目を覚まさずにようやく目覚めた篤史は目の前に聡子に恐縮する。でも強がる篤史。その日は篤史の家に泊まる聡子。翌日現れた聡子は”ネックレス”をしていた。母良子の形見に篤史があげようとしていたネックレスを聡子がしていた。涙する篤史。

そして、私も涙止まりませんでした。

2015年3月21日 (土)

風に立つライオン

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日経毎週金曜日夕刊の映画評では星2つ。実を言うと全く期待感なしに見にいきました。でも、実はすごく良かったです。はっきり言って、涙ボロボロでした。

主人公の島田航一郎は(大沢たかお)日本からケニアへ派遣された医師。アフリカ医療に生涯をささげたシュバイツアー博士の生き方に感動し、医師を目指した島田。内戦で負傷した兵士、病気に罹った現地の部族のお年寄の診察をしている。長崎大医学部当時の恋人、秋島貴子(真木よう子) は実家の五島列島胡蝶島で父の診療所の後継となった。島田のアフリカへ一緒に行こうというプロポーズを断り。

島田はある日、足を負傷した少年兵を治療する。家族をゲリラに皆殺しにされた彼は、銃を持って戦い9人の人を殺した。心を閉ざす少年は明るく治療する島田に心を開かない。少年は絵が上手。でも、クリスマスの催しの時に少し心を開く。少年は医者になりたいという。島田が少年に言う。”9人殺してしまったのなら、10人の人を救えばよい。”

戦場で負傷したケニアの人たちの凄惨な治療。悲惨さに心が折れそうな中で、島田の診察は笑顔に溢れている。そんな島田に姿に同僚の看護師、草野和歌子(石原さとみ)は次第に惹かれていく。夜になると時折、島田は草原に向かって何度も、”がんばれ、がんばれ”と叫んでいる姿を見かける。

是非、この映画を見に行くことをお勧めしたい。さだまさしの小説を基にした映画であるため、かなりの部分がフィクションです。特に、何年か経って医者になったケニアの少年が東日本大震災直後の現場に立って、”がんばれ”と呟くところなどは脚色のしすぎのようにも感じました。でも、よかった。私は、良い映画だと思います。

2015年3月12日 (木)

さいはてにて~やさしい香りと待ちながら~

台湾の女性監督チアン・ショウチョンが、『八日目の蝉』の演技に惚れ込んだ永作博美を主演に迎え、世界遺産である能登半島の珠洲市で撮り上げたヒューマンドラマです。二児を持つシングルマザー役が佐々木希(中卒のキャバクラ嬢)。前半は、その二人の子供(小学校1年の男の子と3年の女の子)と佐々木演ずるお母さんの生活(海辺の民宿に住む。民宿は宿泊客もいない)。毎月の給食費も払えないような暮らし。永作が開いた海辺の珈琲焙煎店で、小学3年の女の子がバイトをして、給食費を払う。

永作は30年前に父と別れた。その後、漁師の父の船が難破し行方不明。その父が漁に出て行くときに使っていた小屋に珈琲焙煎店を建てた。そして、父の帰りを待つ。

佐々木の家の頃ついている男(永瀬正敏)に永作がある日乱暴される。それを助ける佐々木。その日から二人は話をするようになり、彼女が永作に雇われて珈琲焙煎店で働き出す。佐々木の”ひいお婆ちゃん”役が浅田美代子。入院中。

後半は俄然、登場人物が増える。行方不明になった船に乗っていた人たちの家族(中村メイコ含)が登場。佐々木の民宿の久々の宿泊客。そして、大学の体育会の合宿の人たちも泊まりに来る。急に何故か、人が来るようになる民宿。浅田ももう直ぐ退院。永作の珈琲焙煎店は通信販売で人気の店らしく売上は順調。

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ある日、佐々木が病院の待合ロビーでテレビのニュースを目にする。8年前に行方不明になった船が発見され、白骨化された遺体も出てきた。いつか民宿に泊まりにきた人たちはその発見場所に向かう。父が生きていて、それを船小屋で待っている永作はいかない。でも、どうにも辛い。そして、ある日、珈琲焙煎店を閉めることにして去っていく。でも、数日してやっぱり戻ってきてしまった。

淡々と描かれる場面は、波の音に常に包まれゆっくりと時間が過ぎていく感じ。”捨てる神あれば、拾う神あり”という諺があるが、この諺をじっくり頭に入れて場面場面を見て行くと、心にゆったりとした温かみを持つことはできた映画のような気がします。

 

2015年3月 7日 (土)

「妻への家路」

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コン・リー主演の中国映画(本日より公開)、「妻への家路」を見てきました。いい映画でした、でも、もの凄くいい映画というわけではなかったです。

夫役のチェン・ダオミンが文化大革命時に右翼のレッテルを貼られ投獄。20 年を経て出獄し、奥さんであるコン・リーのもとへ帰る。でも、彼女は夫に会ってもその姿の記憶がなく、他人にしか見えない。奥さんは夫が帰ってきても、毎日、夫が帰る絵はずのへ駅へ迎えに行く。他人と思われている夫がその迎えに行くのを親切に手伝う。

ある日、奥さんがこの上なく好きだったピアノの曲を夫が弾き、ようやく奥さんが自分のことを思いだしたと思ったら、奥さんに「あなたは誰」と言われる。

投獄者となったために、自宅にある夫の写真はなく、あっても全て夫の顔の部分が切り取られている写真しかない。友達に頼み自身と奥さんが写っている写真を奥さんに見せるがそれでも、本人はわからない。

ラストシーンでは、もう帰還して十年以上、ある特定の日になると夫を港へ迎えにいく奥さんと、それを手伝う夫が描かれる。

全部で2時間弱の映画だが、所謂、お尻が痛くなってしまうのだ。映画の半分くらいから、ずっと、描かれる内容はいつ、奥さんが夫が目の前にいることに気づくのかということ。あんなに帰ってきてほしいと思っている夫が実は、すぐ横にいるのを、いつわかるのか。

この映画で描かれている時間はおそらく30-40年間ぐらいだと思われる。その長い時間が、どれだけ長く、中国の文化大革命が齎したとてつもなく重たい時代を心から共有していないと、お尻はやっぱり痛いのです。

2015年2月15日 (日)

KANO 1931海の向こうの甲子園

3時間以上の映画です。少しも飽きることはありませんでした。ただ、ただ、感涙の作品です。
20150215_135328 台湾の嘉義農林学校の野球部という、実在したチームが地元の台湾でも1勝もしたことがなかったのに甲子園に来て、初出場でいきなり準優勝を飾ったというのが全体の話の流れです。実話を元にしているそうです。

嘉農(KANO)ナインは、3人の「日本人」、2人の「漢人(漢族)」、そして4人の「蕃人(ばんじん / 台湾原住民)」で構成されている。このチームを育てたのが永瀬正敏演じる近藤兵太郎監督。愛媛の松山商業の監督をやっていた方。近藤監督曰く、蕃人は足が速く、漢人は力が強く、日本人は守備が上手い。この三つの人種が力を合わせれば理想的なチームができる。

甲子園と唱えて毎日ランニングする選手達。始めは地元嘉義の人々も誰も信用ぜず、でも選手達は諦めず一生懸命練習。近藤監督もスパルタで鍛える。

野球部に予算がつかず自腹でも部を運営していく近藤監督の思いとそれに答える選手の直向きさ。日本人と漢人、台湾原住民が一つになって目標目指し、甲子園出場と準優勝までなしとげる、その力に多くの人が感動する。折しも、台湾南部初の灌漑設備が10年をかけて完成。村には田んぼの水がやってきた。大沢たかおが演ずる八田与一が完成させた。海水ではない、田んぼの水を今までは台湾南部の人たちは常にどこからか汲んでこなければならなかったのが、その必要がなくなったのだった(作物の生育が難しい嘉南平野を穀倉地帯へと変貌させた)。

日本は台湾を植民地化したが、台湾の人たちのためにも働いてきたことを教えてくれる映画。灌漑設備であり、野球であれ、それにもとてつもなく感動させられました。

2015年2月 8日 (日)

おみおくりの作法 Still Life

始めから終わりまで淡々と進行していく映画です。主人公の名はJohn May. 44歳、独身。London Kennington の役人。身寄りもなく一人で亡くなった方の火葬をするのが仕事。22年間携わってきた。ジョンのやり方は孤独死の人の身寄りを探したり葬儀をしてあげること。ある日、上司に呼ばれ人員整理の理由で解雇を言い渡される。上司曰く、「君は一件ごとに時間をかけすぎる。亡くなったらすぐに火葬にすればいい。」ジョンは葬儀をあげた人たちの写真を一枚、一枚、自身のアルバムに保管していた。

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解雇を言われた当日、近所のBlll Stoke という人が亡くなる。この人が一体どんな人物かをジョンは調べ始める。昔の彼女に話しを聞くに行き、ビルの葬儀に来ないかと誘う。フォークランド戦争(1982年)のビルの戦友にも会いにいった。刑務所へ入っていたときの仲間にも会いに行く。出所後のホームレスをしていた時の仲間にも会いにいく。そして、ビルの部屋にあった彼の娘にも会いにいく。皆、葬儀の出席は色よい返事はない。でも、彼の娘に二度目に会いにいったとき、娘は出席することを約束する。そして、ジョンにこう言う。「葬儀のあと、一緒にお茶でもどうですか?」

ジョンは、毎日同じ時間に出勤し、同じ時間に帰宅し、同じ食事をとる。就寝前には葬儀をしたあげた人たちの写真を眺めたあと、就寝する。どんなに車が通っていないとわかっていても、右左確認した道路を渡る。でも、その日は違った。

ラストシーンを書くことはできない。これから見に行く人に失礼になるから。

人は誰かに寄り添っているし、そうしてあげたい思っています。そうして欲しいとも思っています。地味で、セリフも少なく、90分という短い映画だけど、とても光輝いている珠玉の作品だと思います。

 

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2015年1月 6日 (火)

バンクーバーの朝日

1月3日にコレド室町のToho Theaterで見た。

とても不思議な映画だった。

映画終わった後のエンドロールが終わるまで立ちあがって帰る人が誰もいなかった。

現地カナダの日本人野球チームAsahiがカナダ人の現地野球チームのPleasantに最終回逆転勝ちしたシーン。双方のどちらかが勝てばリーズ優勝という試合です。球場の日本人の観客の拍手の場面でようやくその逆転勝ちがわかった。何故、はっきりと結果がわかる撮り方をしないのだろう。

試合出場停止が解けた後Asahiのメンバーが一堂に集まったシーン。エース投手(亀梨)だけは再度の試合再開に消極的。「何故、きつい仕事の後、練習をして病気のお袋に夜中起こされることもしばしば。出場停止になって正直ほっとしているのに」と語った後の集まり。妻夫木の妹が”Take me to the ballpark”をその集まりで歌うシーン。亀梨がもう一度挑戦することを決意するシーン。でも、はっきりをそれを描くわけでもない。

真珠湾が始まり、バンクーバー在の日本人達は強制収容所へ列車で連行される。亀梨と妻夫木のその別れのシーン。妻夫木は下を向いていた。もう会えないかもしれないとなれば、お涙頂戴でお互いに励ましあい再開を誓うシーンでもおかしくない。でも、そんな描写はせず、淡々と描く。

エンドロール中に、戦前のAsahi のメンバーだったと思われる人が登場。少しそこで喋らせれば見ている方も、まだチームで生存されてらっしゃる方がいたんだと、観客は皆驚くはず。でもそんな演出はしない。

上記の全ての不思議な演出があったのに、とても、とても、印象に残る映画でした。

バンクーバーの朝日の場面カット画像

2012年1月21日 (土)

東京オリンピック 東洋の魔女

私は今日は、自分の誤りを正す懺悔を致します。

オリンピックが1964年10月に東京で開催されました。私は小学校3年生でした。学校の視聴覚教室で開会式を見ました。柔道の無差別級の神永六段がヘーシンク敗れた試合。圧倒的に強かった体操の遠藤幸吉選手。そして、国立競技場でイギリスの選手に抜かれて銅メダルに終わったマラソンの円谷選手。なかでも、もっとも鮮明だったのは女子バレーの東洋の魔女がソ連をストレートで破って金メダルをとったこと。

ソ連の選手がオーバーネットでその試合を見た時間が、私の記憶では朝でした。だから、長い間、朝に試合が行われたと思っていました。当時はアメリカ時間に配慮していたのだと思っていました。

1964年10月23日にこのバレーの日本対ソ連が夜7時20分から中継された番組があり歴代視聴率の歴代2位(統計は62年から)であることを、今日、インターネットで発見しました。
もう、いろんな人にこの試合が朝にあったことのエピソードは言ってしまっています。恥かしい。私の記憶違いです。

何故、こんな古いことを調べる気になったかというと、今日見てきた「Always 三丁目の夕日 東京オリンピック」でこのバレーの試合がその夜のシーンででてきたからです。
記憶違い、特に子供のころのことはそうなりやすいのでしょうか?きっと、前夜行われた試合の朝のニュースを見たことと、実際に試合が行われたのと子供ながらに感違いしたまま覚えていたと思われます。

いやあ、本当に恥かしい。

2010年8月 3日 (火)

踊る大捜査線3

8月1日(日)が映画1000円の日だったので、家内と行きました。今回は見たい映画がなかなかきまらず、とりあえず「踊る大捜査線3」を見ましたが、「春との旅」が見れなかったのがとても残念に思える結果となりました。

ゆるい映画です。 

新庁舎への引越本部長に指名された青島刑事。その湾岸署庁舎引越の最中に、青島刑事らの拳銃が3丁盗まれる。引退し亡くなれた和久刑事(故いかりや長介)の甥(伊藤淳史)が青島チームへ配属。拳銃窃盗犯はパソコン操作に長けており、10年前に逮捕され無期懲役中の『日向真奈美』に心酔している(この役は小泉今日子)。『日向真奈美』に心酔している連中が何故、仲間を殺してまで彼女らを釈放しようと企んでいるのかは、映画を見ていてもわからず。犯罪の舞台となっている湾岸署の新庁舎、旧庁舎ともに白い服を着た若い連中がこの両場所に現れ、あるサイトにアクセスしつつ現場の周りを何かつぶやきながら取り囲んでいる。彼らも『日向真奈美』に心酔しているのか?窃盗犯は新湾岸署のITネットワークに自身パソコンより浸入し高度にセキュリティ化した新庁舎のネットワークを自在に操り、新庁舎にいる湾岸署の人たちを内部に閉じ込めてしまう。新庁舎には時限式の毒ガスが仕掛けてある。

この主犯格連中はいらなくなった仲間を、ひとりひとり殺していくと同時に、盗まれた3丁の内、二丁がそれぞれの死体脇に見つかる。主犯格の男は、『日向真奈美』その他を即時釈放しないと3丁めで何人もの人間を殺すぞと湾岸署と警視庁を脅す。毒ガスの件も言及し警察を脅す。国家公安委員会は人道的見地から『日向真奈美』らの超法規釈放の決定をしようとする。

ネット喫茶から犯人たちがサイトにアクセスして彼らと警察の交渉の過程を書き込みしているうちに、そのIPアドレスから警察の交渉人に居場所を突き止めれてしまい逮捕。また、国家公安委員会の決定の前に青島刑事の『日向真奈美』の説得を命令する柳場敏郎が扮する室井慎次警視総監。いったい何を青島刑事に何を説得してほしかったのかまったく不明。3丁めの拳銃をおとなしく戻せと犯人に言えても、時限の迫った毒ガス発生を、この説得によっとどうとめられるというのでしょうか?

犯人達によって閉じ込められた新庁舎の人々は結局、庁舎内サーバーの電源を切って、救助隊が内部に浸入し解決。毒ガス発生次元装置も外すことに成功。

この辺で、映画をみていてやたらに、お尻が痛い(場所は新宿バルト9、本来座り心地悪くない)。要するにつまらないからか。

3丁めの拳銃は5発の銃弾が装填されている。この3丁めの拳銃と新庁舎に仕掛けられた毒ガスとの関連が不明。5発の弾で何人殺せるのかわからないけど、無期懲役犯を超法規的に釈放するほど恐ろしいものなのだろうか?今、誰かが人質に取られているわけではない。毒ガスの件があるので、国家公安委員会は人道的配慮をしようとしたのか?

歌を懸命に歌うわけでもない。演技がうまいわけでない。ただ、いい加減に仕事をしているとしか思えない小泉今日子という素人タレントに、カリスマ的指導者を演ずることを期待したのでしょうか?無理でしょう?

和久刑事。亡くなられたいかりや長介さんが演じていました。三流の演技です。せりふはぼそぼそ、抑揚なし。この方も演技は素人。軽さで知られるフジテレビ系のいい加減さがこの製作姿勢に現れているような気がします。その古参刑事が残したメモを教訓に捜査にあたる。この部分もこのメモの何がいかされているのでしょうか?もっとも、1999年、いかりや長介さんは『踊る大捜査線 THE MOVIE』での演技を評価され、日本アカデミー賞・最優秀助演男優賞を受賞しているので、私の見方が素人なのかもしれません。

この作品の全ての流れが中途半端。その中途半端であることは一環していた気がします。

他の作品を見に行けばよかった。

2010年2月15日 (月)

今日のエチカの鏡をみて

アルツハイマー病からくる認知症を患った85歳の夫を妻が1日中付きっ切りで看
病。エチカの鏡が今日、いつもより遅く放送していたので、チラッと見ていたら、
ものすごく感動しました。(サッカー日本代表どうにかならないのかなあ?)

妻のことば: “この間、そばにいる私のことをどこかのおばさんと間違えた夫
はわたしに、「いっしょになってくれるか?」と聞いた。わたしは。間髪をいれ
ず、「いいよ」と答えた。そのときの夫の顔はとてもうれしそうだった。

妻は続けて言いました。“私は見合いこの夫と見合い結婚だったから、プロポー
ズの言葉を初めて聞けてとてもうれしかったです。

我が家も、私現在、54歳(今年四捨五入で、アラ還)、家内は一つ下。
この夫婦とても、とても、いいですね。
感動しました。

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